大阪高等裁判所 昭和57年(う)1010号 判決
論旨は要するに,被告人のなした一連の行為はすべて堀江正夫兵庫県後援会の活動であり,被告人が渡辺博より受領した金員は右後援会の立ち上り資金と右後援会活動のための費用で,被告人が郵送又は交付した金員はいずれも使途の定められ右後援会活動のための費用であり,被告人には供与の故意が存しないのにかかわらず,原判決が被告人の行為を選挙運動であるとし,被告人が受領し交付した金員の趣旨を票集めのための交通費等の実費及び報酬日当であるとし,被告人に受供与および供与の故意があると認定したのは事実を誤認したものであるというのである。
よって検討するのに,原判決挙示の証拠によると,原判決事実は本件各金員受交付,交付の趣旨,犯意を含めていずれもこれを認めるのに十分である。
すなわち,右証拠によると,
(1) 堀江正夫は昭和51年8月中旬ころ防衛安全保障懇和会の推せん,説得により昭和52年7月施行の参議院選挙に立候補することを決意したが,当時の情勢では当選圏に入るため80万票獲得することが必要であり,自衛隊関係者の票を見積っても約45万票しかなく,35万票不足するので自衛隊関係者はもちろん,国防に関心をもつ有権者に働きかける組織が必要であったため,堀江正夫後援会本部が昭和51年9月ころ設立され,さらに全国を8ブロックの地区に分け,各地区ごとに地域担当幹事を置き,その指導の下に各道府県ごとに堀江正夫後援会の結成を推進することになり,兵庫県を含む近畿地区では渡辺博が地区担当幹事となったこと,
(2) 被告人は昭和52年2月28日自衛隊兵庫地方連絡部部長室において山田五寿から,「今度の参議院選挙に堀江先生が立候補するが,兵庫県の後援会事務局の責任者になってもらえないか」と,渡辺博から,「あなたは前の選挙では源田さんの運動をされていることだし,選挙では一生懸命やってもらえると聞いているのでぜひお願いします」と強く要請されたため,被告人は当初断っていたものの結局後援会事務局の責任者となることを承諾したこと,
(3) 以後被告人の尽力により堀江正夫後援会結成へ向けて準備がなされ,選挙の公示のわずか2ケ月前である同年4月18日須摩パークホテルで堀江正夫本人を迎え,兵庫県堀江正夫後援会の結成会が開催され,約180名参集したが,来賓の挨拶はいずれも7月の選挙で堀江正夫をぜひとも国会へ送りたいからよろしくお願いするという趣旨であり,このような雰囲気に応じて乾杯の音頭をとった西垣ヒサエからは,「堀江先生の御当選を祈念し,先生の御闘をお祈りして」との挨拶がなされたこと,
(4) その後4月29日と6月12日には神鉄会館で役員会が開かれたが,その議事内容は目前に迫った選挙運動の進め方や本部から送付された堀江正夫の顔写真入りポスター,パンフレット,自由新報号外等の配付方法についての打合せ等専ら選挙対策であったうえ,ここでの決定に基づきポスター等が役員らに配付され,さらに役員らがポスターを目抜き通りの民家に貼りつけたり,パンフレットを各戸に配付したりしたこと,なお,原判決の説示する「開催が全く予定されていない講演会についての記載のあるポスターも含まれていた。」との点について,伊丹文化センターにおける講演会の記載のあるポスターを指すものと思料されるところ,当審における事実取調の結果によれば,当初伊丹市における演説会のスケジュールが組まれていたが前日になって予定が変更され結局開催されなかった経緯が認められるものの,その記載内容について伊丹文化センターなる施設は存在せず伊丹文化会館の誤りであり,また街頭演説会であるのに恰も施設内での講演会であるかの記載がなされていることが認められ,極めて杜選なものであるといわなければならない。
(5) 被告人は右(2)の日時後援会事務局の責任者となることを承諾した後,渡辺博から現金40万円を渡された(原判示第1の1)際,当初は後援会の立上り資金といっても実質は堀江正夫の票集めの組織作りや支持者を確保するための資金であるから後日選挙違反に問責されるおそれがあると考え,一度受領を拒否したが,渡辺博らの強い要請で受取ったこと,
(6) 原判示第1の2の現金40万円は当日被告人が不在であったため渡辺博から被告人の妻に対して封筒に入れて手渡されたものであるが,その封筒には,「領収証はいりません,帳簿に記載する必要はありません」と記載されていたこと,
(7) 被告人が山田五寿ほか20名に郵送又は交付した原判示第2の各現金について,その使途の名目はいずれも後援会活動の交通費,通信費等とされていたけれども,右交付をうけた者の中には後援会員でないもの,或いは自らは後援会員でないと思っていた者も多く,後援会員である者も会の規約も誰が会員であるかも知らず,西村三郎が入会費として1000円支払った以外は会費を支払った者もなく,被告人から現金を受領したときその趣旨について被告人に確かめるものや,右確かめた後もこれを使用しないまま自ら保管したり他人に預けたりしたものも多く,又活動費として受領しながら誰も具体的使途について事後報告や精算をしておらず,被告人においてこれを求めたこともなくすべて渡し切りであったこと,
(8) 被告人から右現金の交付をうけた者はそのほとんどが本部或いは被告人から送付された前記ポスターを貼ったり,パンフレット,自由新報号外を配付したり,各所属の団体の会合等で堀江正夫の経歴,政見を説明し票集めの運動をしてもらうよう依頼したり,右団体の会員に堀江正夫推せんの手紙を書いたり,知人に後援会加入申込書を配って「今度の選挙によろしく頼む」と言ったりしているがそのため要した費用はほとんどが1万円にも満たないものであったこと,
(9) 堀江正夫兵庫県後援会の活動状況は,昭和52年4月18日の結成会から同年7月10日の参議院議員通常選挙投票日前日まで(厳密には告示の日までは後援会活動,後は選挙運動である)の極めて活発な状況に対して,それ以降は2か月に1回の割合で「会誌」を送付するにすぎないという状況であったこと,
そして,後援会の政治活動は公職選挙法199条の5にも規定するごとく特定の公職の候補者もしくは候補者になろうとする者を推せんしもしくは支持することであり,活動の中心は支持者を多く集めるようにするため,「後援会に入会することをすすめたり支持を依頼すること」であるが,これと「投票の依頼又は投票のとりまとめもしくはその依頼の趣旨を含むことが現われた行為」とは観念的には別個のものであるけれども,実際には例えば支持を依頼することと投票を依頼することの関係のように,その限界はことに選挙が迫っているような場合には極めて微妙なものがあり,被告人を始め本件関係者においてその両者を明確に区別して認識していたものとは認められず,むしろ,両者を混然一体のものとして認識していたこと,
が認められ,このような後援会設立の目的,時期,被告人ら役員や会員及び被告人から現金の交付をうけた者の活動状況,会に対する認識の程度,右活動に要した費用等にてらすと,堀江正夫後援会及び堀江正夫兵庫県後援会はひたすら堀江正夫を参議院選挙に当選させるため告示直前に集票ないし集票と密接に関連する活動すなわち右選挙の事前運動を行なっていたものであり,被告人は,右事前運動に要する交通,通信費のほか右運動に従事する者に対する骨折賃,日当の趣旨であることを認識しながら,渡辺博から現金合計80万円を受領し,山田五寿外20名に合計現金53万5000円(うち2名合計6万円は供与の申込)を郵送又は交付して事前運動を行なったことが明らかである。
所論は,本件各現金の流れが帳簿上も現金書留による郵送という交付方法,領収証の提出によっても実に明確であるうえ,右郵送に際しては「組織活動費助成金が本部から送金されたから活動費の一部として送金します」との文書が付されているから,これからみても本件各現金の趣旨が適法な後援会活動の費用であり,被告人がそのように認識していたことが明らかであると主張する。しかし被告人が渡辺博から受領した現金のうち原判示第1の2の40万円については帳簿に記載されていないのであり,その余の現金の流れが明確であることは所論のとおりであるが,このように被告人が現金書留で郵送したり領収書を提出させた理由について,被告人は検察官に対し,「兵庫県後援会内部において後日金の使途が問題になったとき困るのでこれに備えるためであった」と供述しているのであって,たとえ違法な選挙運動(事前運動)の資金であってもそれを責任者がどのように使用したか,運動者に対する分配が公正になされたか否かについては選挙後運動者間で問題になり易く,責任者が運動者から疑われないようにするため几帳面に資金の流れを明確にしておくことも十分首肯し得るところであり,被告人が現金郵送に際し所論のような文書を付したのは前記(7)のような現金受領者からの趣旨確認の電話が多かったため同人らに受領の抵抗感を少なくさせるためであったと認められ,実際に所論のような趣旨でなかったことは費用についての精算が何ら要求されておらず渡し切りであったことからも,受領者の多くが(7)のように容易に使用せず又は保管したままであったことからも明らかであり,所論は採用できない。